星座のうたの合唱が、本年度教材まつりの最後の発表となった。
高山が担任を務める平和台小学校四年生の生徒を中心とした三十名近い子供たちが、大教室の教壇の前に二列に並び、会場の人々には歌詞カードが配られた。
ピアノの伴奏を音楽教師の雅恵が務め、担任の高山が指揮をして、星座のうたの合唱が始まった。
「歌おうよ 星座のうた
さあ大丈夫 一人じゃないよ
(一)
うしかい りょうけん 春の空
かに しし おとめ かんむり座
こじし座 おおかみ ケンタウルス
こぐま座 からす おおぐま座
天の光 星の巡り
相結ばれ 星座となって
ああ 満天の星空を
仰ぐ人よ 春の星座
(二)
こと わし はくちょう 夏の空
てんびん さそり いて や たて
みなみのかんむり へびつかい
いるか座 りゅう座 ヘラクレス
きっと願い 叶う銀の
河煌く 言葉を抱いて
ああ この空の星たちを
繋ぐ人よ 夏の星座
(三)
カシオペア くじら 秋の空
やぎ みずがめ うお おひつじ
ケフェウス ペガサス ペルセウス
みなみのうお アンドロメダ
宇宙を越え 時を越えて
いつも傍に 見守る光
水面を照らす その星を
掬う人よ 秋の星座
(四)
りゅうこつ オリオン 冬の空
おうし ふたご おおいぬ こいぬ
とも ろ うさぎ はと エリダヌス
ぎょしゃ らしんばん いっかくじゅう
時は過ぎて 星は巡り
再び会う 夜明けの前に
聞こえてくる 地球のうた
一つの声 一つの命
青く輝く この星を
生きる人よ 冬の星座
生きる人よ 冬の星座」
子供たちの合唱にあわせて、会場の人々も一緒に歌い、最後の教材発表が終わった。
「健一君、おめでとう。よくやったね」
健一の肩を、後ろから速見が叩いた。
「あれ?速見さん!」健一は振り返って言った。「もうしばらく会えないかと思っていました」
近くにいた真理子も驚いたような顔をしている。 「あなた、来てたの?」
「さっき着いたんだ。朝早くから車を飛ばして来たんだ」
教材まつりの最後には、教材作家認定式が行われた。
今回、認定または表彰を受けたのは八名であった。
曜日あて七段 鈴木(会社役員)
正七角形の作図 速見(海外教育支援)
KS論基調講義 我妻(無職)
シャカルタ・リカルタ 後藤(大学生)
円積問題と平方根の作図 安藤(団体役員)
デロスの問題と立方根の作図 伊藤(高校生)
立方根の作図と三乗技法 内田(会社員)
みなみのせいざ・星座のうた 高山(小学校教諭)
すでに教材作家に認定されている我妻と高山そして内田については、表彰状と記念品が授与された。
「表彰状 高山仁志殿 みなみのせいざ・星座のうた。
貴方の教材講義は、当クラブにおいて優れた講義と認められました。よってこれを賞します。
平成十九年十二月十六日 平和台教材クラブ 会長 波木芳郎」
今回初めて教材講義を行った講師には、認定証と平和台教材クラブの教材バッジ、そして記念品が授与された。
「認定証 鈴木一平殿 曜日あて七段。
貴方を当クラブの規定に基づき教材作家に認定します。
平成十九年十二月十六日 平和台教材クラブ 会長 波木芳郎」
平和台教材クラブの教材作家として今回新しく認定されたのは、鈴木、速見、後藤、安藤、そして健一の五名だった。
「認定証 伊藤健一殿 デロスの問題と立方根の作図。
貴方を当クラブの規定に基づき教材作家に認定します。
平成十九年十二月十六日 平和台教材クラブ 会長 波木芳郎。
おめでとう」
健一は、波木会長から認定証を、そして真理子から教材バッジと記念品を受け取った。
会場は、大きな拍手に包まれた。
認定式に出席できなかった安藤へは、認定証と教材バッジなどは郵送で送られることになった。
認定式も終わり、副会長の佐藤によるおわりの言葉で、本年度の教材まつりは終了した。
「健一君!」内田が大教室に入って来た。
「…さっそく講義依頼だ」
内田は、携帯電話を懐にしまいながら言った。
「電話で安藤さんに健一君の教材講義の内容を説明したら、ぜひ地元の教材クラブでも講義してほしいって言っていたよ」
「いいなあ」タケシはため息をついた。
「教材作家認定バッジがまた一つ増えるなあ」
「何を言っているんだ」波木会長が怒ったような表情を浮かべた。
「そんな時間があるものか。健一君は来年、大学受験を控えているんだぞ」
「お父さん」真理子が微笑みながら言う。
「試験のための勉強だなんて、また教材作家らしくないことを言うのね」
「私は教材作家としては、健一君のことを心配してはいないが、教師としては、彼のことが心配なのだ」
「一生、教師を辞めないつもりね」
波木が渋い顔で真理子を見たので、みんなが笑った。
波木は高山に声を掛けた。
「高山君、みんなに大事な発表があるんだろう?」
高山と雅恵が、仲良く肩を並べてやって来た。
高山は照れたように言った。
「僕たち、結婚することになりました」
「オメデトウ!」
二人を取り囲んで、みんなが拍手した。
小山が会場に呼び掛けている。
「今から新しい計画についての話し合いが大教室で行われます。
みなさん、ご参加ください。
行政派遣共同事業体についても話し合いますので、各企業、各団体の担当主任者の方は、必ず出席してください」
シゲルが言う。「高校生も、参加していいですか?」
「勉強はいいのかい?」波木が心配そうな表情で言った。
「村のこれからのことが気になるんです。僕たちもあと三年で社会人になりますし・・・」
小山がにこやかに言った。
「子供たちの代表ということで、高校生の参加を歓迎するよ。
新しい計画の中に、子供たちからの意見として入れてほしいことはあるかい?」
「そうですねえ・・・自然をたくさん残してほしいです。子供たちがまた秘密基地が作れるような・・・」
「秘密基地?・・・何だ?それ」
「いけねえ・・・何でもありません・・・」シゲルはあわてて向うへ歩いて行こうとする。
小山がシゲルの後を追った。
「シゲル君、教えてくれよ・・・秘密基地って、何のことだ?」
平和台村役場の早川が健一に言った。
「この話し合いに、健一君も参加してもらえないかい?」
「明日、学校がありますので、今日はこれで帰りたいと思います」
「そうか、残念だなあ。・・・健一君、あらためてお礼を言わせてもらうよ。ありがとう」
「いいえ、皆さんに色々なことを教えていただいたおかげです」
浜崎が言う。
「今度、健一君がここに来る時は、この辺りはきっと見違えるようになっているわよ」
「そうですね」
「ぜひ、またいらっしゃいね」
「はい」
波木が言った。
「健一君と美奈子さんを駅まで送ろう。真理子、車のカギを貸してくれ」
「会長さん」タケシが言った。「小学生たちが、健一と美奈子さんを駅まで見送りに行きたいそうです」
タケシの後ろには、慶太やトモミ、ヒロシやタケルなど大勢の子供たちが立っていた。
「そうか・・・。では、タケシ、子供たちにケガがないように」
「わかりました」
「健一君、またおいで。みんな待っているから」
「はい。みなさん、ありがとうございました」
健一は波木と教材作家たちに別れを告げると、美奈子とタケシそして子供たちと一緒に木造校舎を離れた。
「さあ、話し合いを始めよう」波木がそう言うと、人々は席に座り始めた。
浜崎は教室の入口で、帰ろうとする杖を持った老人に声を掛けた。
「校長先生も、ぜひ」
「いや、もう今日は疲れた。あとは、みんなで好きなようにしたらいい」
老人は、浜崎の目をじっと見て言った。
「京子ちゃん、あなたの中に、惣五郎さんは生きておられるよ」
「校長先生・・・」
健一たちは、木造校舎からの坂道をゆっくり下り始めた。
美奈子は子供たちと楽しそうに笑いながら話をしている。
タケシがこっそり健一に訊ねた。
「健一、安藤さんの教材クラブへは行くのか?」
「うん。行ってみようと思う」
「その時は二人で行こうぜ。美奈子さんには内緒にして・・・」
「聞こえているわよ」
美奈子はあきれたように言った。
「あなたたち二人じゃあ、また何をしでかすか分からないじゃないの。
いいわ。私もついて行ってあげる」
タケシと健一は肩を落とし、「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。
健一は慶太を見て言った。
「慶太、いろいろありがとう。また会おうな」
「うん。また・・・。健一さん、ありがとう」
慶太は笑顔で健一に言った。
その坂道の途中を、杖をつきながら老人が通りかかった。
老人は立ち止まって、向い側に立っている健一たちの方を見ると、ゆっくりとお辞儀をした。
健一と美奈子も、丁寧にお辞儀を返した。
老人はそのまま坂道を下りて行った。
その老人の後ろ姿を見ながら健一が言った。
「そうだ。駅の売店で、お祖父さんに、牧場の牛乳を買って帰ろう」
「お祖父さん、きっと喜ばれるわよ」美奈子は嬉しそうに言った。
「手紙を書いてよー」
校庭の丘の上から真理子の声が聞こえた。
健一は驚いて丘の上を見上げた。
すると坂の下の駐車場から、速見の声がそれに答えた。
「忘れないようにするよ」
「忘れたら、承知しないから」
「必ず書くよ」
「さようなら」
「さようなら」
真理子は校庭の丘の上に立って、遠ざかる速見の車を見ていた。
そして車が見えなくなると、真理子は木造校舎の方へ戻って行った。
遠くに見える真理子の横顔を、健一は何も言わず、まぶしそうに見つめていた。
美奈子は健一の傍で、やさしく声を掛けた。
「クリスマスツリーの飾り付けのことを忘れたの?今度は子供たちの願いをかなえてあげて」
健一は、はっとして美奈子を見ると、微笑んで言った。
「うん・・・。さあ、帰ろう」
健一は言い終わると、駅への坂道を走り出した。
「ちょっと待って」
美奈子は叫んだ。
「健一!もう走らないで!」
美奈子は振り返って「みんな、また会おうね。さようなら」と急いで言うと、健一を追って走り出した。
タケシと慶太そして子供たちは笑いながら、走って行く二人へ呼び掛けた。
「さようならー」
「健一!待ちなさーい!」
坂道の途中で立ち止まって見守る老人の横を、健一と美奈子が駆け抜けていく。
遠い雪山の上に、青い空が広がっている。
その夜、村からは満天の星空が見えた。
<終>