これはコスモ定規によって書いたものです。
コスモ定規は、子供用の星形お絵書き教材ですが、私が海外の小学校に教育支援のために持って行き、一部改良を加えたのです。
すると、理論的には正七角形をはじめ、すべての正多角形が作図可能となったのです。
これからお話しする私の教材講義は、正七角形の作図に至るまでの、コスモ定規の成長のお話です。
今から三年ほど前、東京の教材作家の勝本さんは、小学校1年生の娘に星形正五角形の書き方を教えたいと思いました。
娘は星の絵をよく描いていたので、きっと喜ぶだろうと思ったのです。
それに、数学に興味を持つきっかけになればとも思ったのです。
正五角形の書き方を調べると、コンパスが必要でした。
勝本さんは悩んでしまいました。
小学1年生の娘に、太い針がついたコンパスは早すぎる、危険だと思ったからです。
勝本さんは、最近の安全なコンパスを知らなかったのです。
勝本さんは、厚紙をタテとヨコの長さが黄金比になるようにL字型に切って、その間隔で鉛筆の先を通す3つの穴、鉛筆孔(えんぴつこう)を開けました。
コスモ定規の原型です。
2つの鉛筆孔に芯を入れた鉛筆を両手に持ち、厚紙を回転させながら、円を書きます。
正五角形は、まず間隔が短い鉛筆孔2つを選んで書きます。
この長さは、正五角形の一辺の長さに相当します。
次に間隔が長い鉛筆孔2つを選んで書きます。
この長さは、正五角形の対角線の長さに相当します。
交点を線で結んで完成です。
コンパスを使わずに星形正五角形を書くことができました。
娘がとても喜んだので、勝本さんはもっと多くの子供たちに喜んでもらえるよう、改良したいと思いました。
大きさの種類を番号で表したり、番号の代わりに対応する点を斜線で結んだりしてみました。
勝本さんの娘は、今ではコンパスを使えるようになったので、コスモ定規は使わないそうです。
コンパスの方が、円の半径を自由な長さにとることができますから。
でも、コスモ定規の形である黄金比の直角三角形は、コンパスを使って正五角形を書くときにも便利に使えます。
ノートの左下の直角を利用します。
こうしてできた直角三角形の短辺と長辺にコンパスを合わせながら作図してみてください。先ほどのやり方で正五角形を書くことができます。
勝本さんは、コスモ定規を正五角形以外についてもうまく書けるかどうか試してみました。
正三角形、正方形、正六角形、正八角形はうまくいきました。
正七角形と正九角形は作図不可能とわかっていました。
しかし、次の正十角形は、コンパスと定規では作図可能であるのに、コスモ定規ではどうしてもできなかったのです。
正十角形は、正五角形の外接円と、その一辺の二等分線が交わる点を求める方法で作図します。
ところがコスモ定規は、コンパスのように円の半径を自由な長さにとることができません。
半径の間隔で、新たに鉛筆孔を設ける必要があるのです。
コスモ定規の一体どこに、この半径の間隔をとればいいのでしょうか。
そしてその半径は、一辺の長さに対してどれくらいの長さなのでしょうか。
勝本さんは、正多角形の外接円の半径と一辺の長さについて考えてみました。
正三角形は、半径よりも一辺の長さの方がずっと長いですね。
正方形も同様です。でも長さの違いは、正三角形よりも小さくなっています。
正六角形になると、半径と一辺の長さは同じになっています。
すると正五角形の外接円の半径は、正五角形の一辺より短いけれども、長さの違いは大きくないと勝本さんは思いました。
勝本さんは、黄金比の直角三角形の直角から斜辺に垂線を引きました。
一辺より少し短くて一番書きやすい形は、それ以外に思いつかなかったからです。
その頃、勝本さんが読んだ数学者の本に、"数学は美しい"と書いてありました。
勝本さんは、コスモ定規の垂線が正五角形の外接円の半径であれば、シンプルでとても美しいと思いました。
数学は美しいのだから、その着想は正しいと信じました。
しかし、その証明はなかなかできませんでした。
方程式を立てることも、方程式を解くことも、もう何十年もやったことがありません。
近所の高校生の家にケーキを持って行ってノートを渡し、この問題を解いてくれないかと頼んだ方が早かったかもしれないと勝本さんは言っています。
これは、教材作家にとってとても大切な考え方です。
教材作家の役割は、問いかけること、○○ではないかな?というアイデアを持つことです。
方程式を立てられなくても、方程式が解けなくてもいいのです。
それができる人は、日本にはたくさんいます。
そういう複雑な計算は、近所の高校生に頼んでやってもらいましょう。
数学が苦手でもいいのです。
現実の問題に、自由な発想で挑む、問いかける。
その着想が正しいかどうかの判断は、専門家に計算してもらえばいいのです。
よろしかったら、私でもお手伝いします。
勝本さんは、結局、何度も失敗しながら自力で方程式を立て、計算しました。
気持ちの半分では、こんな都合のいい事があるわけがないと思っていました。
半分は、数学は美しい、だからきっと計算は合うに違いないと思っていました。
そしてついに計算が合ったとき、勝本さんは腰が抜けたようになって、しばらく椅子から動けなくなってしまったそうです。
こうしてコスモ定規の基本形が完成し、正五角形の作図法、第2法ができるようになりました。
垂線の長さを半径として外接円を書きます。
短辺の長さは、その円に内接する正五角形の一辺です。
頂点を線で結んで完成です。
このコスモ定規の基本形を使って書ける正五角形は何種類でしょうか?
確かめてみましょう。
まず正五角形の一辺と対角線の長さを使う場合です。
一辺を赤色、対角線を青色で表しています。
3通りの大きさが書けることがわかります。
次に正五角形の一辺と外接円の半径を使う場合です。
一辺を赤色、外接円の半径を緑色で表しています。
これも3通りの大きさが書けることがわかります。
第2法の@―2は、第1法の@と同じ大きさの正五角形が書けます。
そのため、コスモ定規の基本形から書くことができる正五角形は5種類となります。
これは斜辺の数を5本にしたコスモ定規です。
これによって書ける正五角形の種類は5×5=25種類です。
平和台クラブの高山さんから、私が海外へ行く前に教えてもらったのが、このコスモ定規でした。
コスモ定規、海をわたる。
そしてみなさんがクリスマスの星形を書くときなどにつかうこのコスモ定規が、私といっしょに海外の小学校へ行きました。
私が大学から教育支援で行っている小学校では、子供たちがコンパスを持っていないからです。
コンパスがなくても定規だけで図形の学習ができる教材として、コスモ定規を日本から持って行ったのです。
その小さな国には、3つの民族が住んでいて、むかしは争いが絶えませんでした。
でも今では平和な国になり、3つの民族は仲良く暮らしています。
その小学校にも、3つの民族の子供たちが通ってきています。
校長先生は背が高く、知的で健康的な、笑顔のやさしい女の先生でした。
先生は、論理性と想像力をはぐくむ教育を尊重し、数学もそのための教科の一つとして重視していました。
その先生から私がいわれた最初のこと、それは友好国の旗を子供たちが書けるように教えることでした。
近いうちに友好国から訪問団がやって来るので、その国の国旗をたくさん作って歓迎したいということでした。
友好国の旗には、星形が付いています。
私の仕事は、星形正五角形が書けるように教えることでした。
しかも応用できる数学の授業として行うので、図形への理解を深めるため複写用の型枠など使わず、1枚1枚を手作りで作図するというのが校長先生の考えでした。さらに星形が付いている国旗は他にも多くあるので、将来はそれを書かせて国際理解につなげたいとも校長先生は思ったのです。
子供たちはコンパスを持っていないので、コンパスを使わずに正五角形を書く方法として、私は日本から持ってきたコスモ定規をつかうことにしました。
まず私は、コスモ定規の作り方を教えました。
手先の器用な子供数人を集め、透明な薄いプラスチックの板を手に入れて、表面に黄金直角三角形を書き、船の模型製作で使うドリルで鉛筆を通す小さい穴をあけ、カッターで形を整える方法で50枚ほど製作したのです。
こうして友好国からの訪問団がやってくるまでに、国旗の製作は間に合いました。
子供たちや先生方も力を合わせて、みんなで作ったのです。
訪問団が帰った後、私は校長先生からたいへん感謝されました。
しかし、次の難題が私を待っていました。
校長先生は、3つの民族の平和と友好の証としての正七角形の意義を強調され、ぜひ子供たちに小学校の校章である星形正七角形の書き方を指導してもらいたいといったのです。
私は大変困りました。そして正七角形の作図は、分度器を使って360÷7の値である51.43度という概数を使わなければ不可能だと校長先生に説明しました。
生徒たちは分度器も持っていませんでした。
しかしそれは理由にならないといわれました。
コンパスがなくても正五角形の作図を可能にしたではないか。
だから、分度器がなくても正七角形の作図はできるはずだと校長先生はいうのです。
私は、コンパスと定規の普通の使用では作図できない図形を作図する方法として、機械的作図法という正統な数学ではない方法があることを説明しようと思いました。
そして矢野健太郎博士の「角の三等分」という本を参考にして、コスモ定規に円を追加して角の三等分器として使って見せようと思ったのです。
機械的作図法としても角の三等分が限界であることを示すために・・・
これが海外で製作したコスモ定規です。
日本で使われているコスモ定規とは少し形を変えました。
私が製作した新しい方には、円が付いています。
正九角形を作図する目的で私が追加したものです。
私はコスモ定規の中の、オリオンの三つ星のように並んだ鉛筆孔と、その中央を上下に長く結んだ照準線が十文字の星座のように見える部分、そして三つ星の両端の一方を中心とした星の光のような円の部分、これが角の三等分を行う部分だと説明しました。
そして具体的なやり方を示したのです。
これは三等分したい角に照準線を合わせ、角をなす2辺の一方に円が接するようにし、同時に鉛筆孔の1つを2辺のもう一方に重ねるとき、三つの角と辺の長さの等しい直角三角形が3つできることにより角の三等分を行う方法です。
しかし、校長先生はわかりにくいといいました。
子供たちにもわかるように、教え方を工夫しなさいといったのです。
私は十文字の星座のような部分と、星の光のような円の部分を独立させて、透明な板で黒板用のものを三種類作りました。
全員分を作るのは大変なので、3つの班に分けて1つずつを作ったのです。
もちろん1つの班に1つの民族が偏らないようにしました。
まず、円の部分のみを使うと、角が二等分できることを示しました。
次に、十文字と円を重ねると、角が三等分できることを示しました。
そして正九角形の機械的作図を授業で行い、校長先生にも見てもらいました。
まず円に内接する正三角形を書く方法で、円の中心から三つの頂点に線を引きます。
そしてその線がなす三つの角を、それぞれ三等分して行きます。
円の中心から、三等分する点を通る線を引き、その線と円との交点に印を付けます。
合計九つの印が付いたら、線で結んで完成です。
校舎の窓の外では、何人かの村の人が、いつものように厳しい表情で授業を見ていました。
授業が終わって、私は職員室で校長先生と話をしていました。
校長先生は、定規の形状を見ても角の三等分が限界だということを納得されました。
とても残念そうでした。
そのとき、校舎の外にいた村の人が職員室に入ってきました。
そして私を指差し、そこにいる日本人のために、子供たちは争いを始めた、どうしてくれるんだと大声で言い始めたのです。
私と校長先生は、あわてて教室へ戻りました。
すると、十文字の教材を太刀として、星の光の円を盾として、3つの民族の親分格の子供3人が激しく撃ち合いをしているのです。
周囲では、ある子供は笑い、ある子供は真剣に、大勢の子供たちが民族毎の応援合戦です。
大人たちは子供たちを分けてやめさせようしますが騒ぎはますます大きくなり、お前のせいだと言わんばかりの表情で、私を睨みつけています。
子供が怪我でもしたら、大人たちの争いのきっかけになってしまうと私は思いました。
私は大声で、静かにするように、争いをやめるようにいいました。
教室は、すぐに静かになりました。
私は、争っていた三人の子供に、十文字の太刀と、円の盾を、床に置くようにいいました。
子供たちは、素直に十文字の太刀と円の盾を重ね合わせると、順に床の上に重ねて置きました。
それは三つの教材でした。
しかし私の目には、一つに見えたのです。
私は思わずその場にひざまずいてしまいました。
私は心配そうな校長先生の表情と、怒っている大人たちの表情を見ました。
そしてゆっくりいいました。
"子供たちは武器を置いた。
そして平和の証である星形正七角形の作図に成功した"
みんなとても驚いていました。
コスモ定規を3つ重ね合わせることにより、角の七等分ができることを確かめてみましょう。
三つ星のように並んだ鉛筆孔の左右、円の中心でない孔と、円の中心となっている孔を、鉛筆などで連結します。
七等分したい角に照準線を合わせながら、角をなす2辺の一方に片側の円が接し、同時に反対側の孔を2辺のもう一方に重ねるようにします。
このとき、三つの角と辺の長さの等しい直角三角形が7つできることにより、角の七等分ができます。
校長先生は大変喜び、校章である星形正七角形の作図法を子供たちに指導してくださいと、あらためていわれました。
私は大きな模造紙を床に広げ、子供たちによくわかるように、星形正七角形の作図をはじめました。
まず鉛筆で縦に線を引きます。中心となる位置を決めて印を付けたら横にして、コスモ定規を三枚用意します。
定規を鉛筆などを使って連結させ、三つの照準線を中心点に合わせていきます。
図のようにするためには、右の定規の上に左の定規を重ね、さらにその上に真ん中の定規を重ねて連結させるとよいでしょう。
三つの照準線が中心点に、片側の円と、反対側の鉛筆孔が線に接するようにします。
これで七等分する点の位置は決まりましたが、定規が重なり、その位置を紙に印すことはできません。
そこで定規の一番外側の点の位置に、定規の位置を示す印を付けておきます。図ではオレンジ色の三つの印です。
3枚の定規を外します。
1枚目の定規の位置を示す点に定規を合わせ、照準線が中心を通るようにして、七等分する点のうち3点に印を付けます。
2枚目の定規の位置を示す点に定規を合わせ、照準線が中心を通るようにし、1枚目で付けた1点を鉛筆孔に合わせ、新しく2点に印を付けます。
3枚目の定規の位置を示す点に定規を合わせ、照準線が中心を通るようにし、2枚目で付けた1点を鉛筆孔に合わせ、新しく2点に印を付けます。
これで2直角180度を七等分する点がつきました。横にしていた線を、縦に戻します。
中心から好きな大きさの円を書きます。
定規を七等分点の1つと中心点に合わせ、その2点を通る線が円と交わる2点に印を付けます。
七等分点のすべてについて同じように行います。
こうして付けられた14個の点は円を14等分しています。これを結べば正十四角形です。
正七角形は、この点を1つ置きに結んでいきます。赤い点と青い点が交互に来るように配置しました。
赤い7つの点を線で結んで完成です。
この定規は角の三等分機能だけでなく、連結式奇数等分器としての機能も持っていたのです。
1枚で3等分、2枚で5等分、3枚で7等分、つまりn枚で2n+1等分が理論的に可能です。
連結式奇数等分法は、正統な数学の方法ではなく、機械的作図法の一種です。
そのためこの定規は、必要に応じて発達した民間数学の定規という意味で、民数定規と呼んでもいいと思います。
こちらにある黒板用に、大きめのコスモ定規を何枚か用意しました。
作図についての実演は、平和台小学校6年生のみなさんにお願いします。
正三角形から正十五角形までの作図法についてご紹介しましょう。
まずは正3角形。外接円を書かない方法です。
次に外接円を書く方法です。
つぎに正方形。
正5角形の作図第1法は、コスモ定規の黄金比の関係にある短辺と長辺の2辺を使って作図する方法です。
■正五角形の作図(第2法)
正5角形の作図第2法は、コスモ定規の垂線と短辺の2辺を使って作図する方法です。
この方法は正五角形の外接円が書けるので、正十角形や正十五角形、正二十角形へと発展していく作図法です。
第1法では外接円が書けないので、このような発展はできません。
正6角形。書き方はいちばんシンプルですね。
正7角形。連結式奇数等分器の部分を3枚使います。
正8角形。これは正方形の作図法のなかですでに出来ていました。
正9角形。円に内接する正三角形を書き、円の中心から三つの頂点へ引いた線分ごとに、それぞれ角を三等分する方法です。
正10角形は、正5角形の外接円と、その一辺の二等分線が交わる点を求める方法で作図します。
正11角形。連結式奇数等分器の部分を5枚使います。十文字の照準線の長い部分を重ねる方がいいと思います。実用的には定規の厚みの問題を解決する必要があります。
正12角形は、正6角形の外接円と、その一辺の二等分線が交わる点を求める方法で作図します。
正13角形。連結式奇数等分器の部分を6枚使います。十文字の照準線の長い部分を重ねる方がいいと思います。実用的には定規の厚みの問題を解決する必要があります。
正14角形。これは正7角形の作図法のなかですでに出来ていました。
正15角形は、正五角形の外接円が基本となります。
そして正五角形の五つの点のうち1つを選び、その点を基準として正三角形の作図第2法によって外接円に2つの点を追加します。
さらに正五角形の五つの点のうち他の4つについても同様の方法で2点ずつ追加します。
元の点は5個、それぞれについて2点ずつ追加したので点の数は3倍の15個になっています。
この15個の点を結べば、正十五角形が完成します。
コスモ定規の成長過程と、その作図法についてご説明してまいりました。
校長先生は、子供たちの論理性と想像力を養うために、数学などの勉強が必要だといわれています。
私は、論理性と想像力についてどのようにお考えですかと、校長先生に訊ねてみました。
すると、校長先生はいわれました。
想像力とは、将来はこうありたいという具体的な夢を持つ力。
論理性とは、その夢をかなえるために、いま何をすべきか、してはならないかを考える力。
私は、争いをやめた子供たちの心の中に、この想像力と論理性を強く感じました。
半月後、私は現地に戻ります。
その結果をまたご報告したいと思います。
以上で私の教材講義を終わります。
ありがとうございました。
<第13話 終>
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